匿名の方からのメッセージ
私は53歳の主婦です。
幼少の頃より、父母や親戚の話の端々から、自分の出自に秘密があると感じて過ごしてまいりました。
ある時期から、慶應大学病院で試みられた非配偶者間人工授精ではないかと考え始め、現在は私自身確信するに近く至っています。
しかし、理由があって、老父母には単刀直入に問い質すことも出来ずに悩んでおります。
今迄に夫・子・義母の他、誰にも打ち明けておりません。
40歳〜50歳代の方で私と同様の境遇の方とお話ししたいと心から思っております。
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※当事者の方で、この方とのご連絡を希望される方はDI研究会までご連絡ください。
申し訳ありませんが、双方に信頼関係ができるまで、DI研究会が連絡担当をいたします。
なお、取材等でのご連絡はご本人の希望でお断りいたしております。
連絡先メールアドレス: snaga@econ.keio.ac.jp
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あや からのメッセージ
私がAIDで生まれたことを知ったのは、32歳の時でした。ずっと別居中の両親が離婚した時です。私自身は結婚もしていましたし、子供もいました。知った時のショックというものは、あまり感じませんでした。父親だと思って生きてきた「戸籍上の父」と良い関係ではなかったので、血が繋がっていないことに逆にほっとしたからです。また、良い関係ではなかったことは、血が繋がっていないことが原因ではないと思っています。両親二人で生活していた10年間は、幸せだったと聞いています。子供が欲しいと願い、生まれた時は二人で涙を流して喜んだそうです。戸籍上の父にとっては、赤ちゃんのいる生活になり、妻が自分よりも子供にかかりきりになってしまったことが、寂しかったようです。これは、AIDの家庭でなくても、ありうることのようです。
自分のルーツに対する不安を感じたり、生まれてきたことへの自信が揺らいできたのは、母が亡くなってからです。欲しくて欲しくて産んだ子供を、どんなことがあろうと後悔することなく愛してくれた母。潔く、まっすぐで、芯の強い人でした。(母のために生まれてきた。母ほど愛してくれる人はいない。孤独だ。消えてしまいたい。)と思う迷路にはまってしまいました。母が亡くなってから3年ほど、夫も子供も私の心のよりどころには、なりませんでした。そんな時想うのは、遺伝上の父親のことでした。(どんな人なのかな。趣味は…仕事は…幸せに暮らしているといいな。元気かな。暖かい家庭をもっているだろうか。寂しくないといいな。何歳だろう…。)と、想いを巡らしました。
もし、AIDに協力したことを覚えているなら、「ありがとうございます。」と言いたいです。悩む日もあるけれど、「私は元気で幸せに暮らしています。」と伝えたいと思います。
昨年、新聞で、AIDの仲間がいることを知って、涙が出ました。私と同じように、孤独な気持ちを抱えた仲間がいると思いました。自分のルーツを知りたいと思う気持ちを、やっと肯定してもらえた気持ちになりました。遺伝上の父親を知りたい気持ちを、許してもらえる場所を見つけた気がしました。今はまだ、AIDを選んだ夫婦、AIDで生まれた子供、そして協力した方をフォローする態勢が整っていません。これからは、関わる人々が出会う問題について、勉強したり、考えたり、助け合える場所が欲しいと思っています。
